
単館公開で大ヒットを記録している「チョコレートドーナツ」の上映館、シネスイッチ銀座(東京都中央区)が、またまたニュースな作品に取り組む。6月7日公開の「いのちのコール~ミセスインガを知っていますか~」(蛯原やすゆき監督)で、女子高校生は入場無料という大胆な企画を導入するという。映画の題材である子宮頸(けい)がんのことを若い人に知ってもらいたいというのが目的だが、背景にはミニシアターの抱える危機感も垣間見える。(藤井克郎)
「そもそも女性を割引にするレディースデー発祥の劇場で、女性客の比率は高い。女性がこの病気のことを広く知る機会を作った方がいいんじゃないかと考えました。ただ無料というのは今までしたことがなかった。入場料で成り立っている商売なのに、ただってどういうこと、と思われるかもしれませんが、若い人たちに来ていただかないと意味がないですから」と、シネスイッチ銀座で編成を担当する吉澤周子(ちかこ)さん(43)は強調する。
「いのちのコール」は、子宮頸がんへの偏見や差別をなくし、早期発見の重要性を知ってもらいたいと企画された映画だ。高校教師のたまき(安田美沙子)は結婚を控えて子宮頸がんと診断され、子宮摘出の手術を受ける。2年後、マユミ(室井滋)がDJを務めるラジオ番組に、インガと名乗る子宮頸がんの女性から自殺をほのめかす電話が入る…。病気の経験者が電話でアドバイスを寄せ、出演する医師が詳しく説明するなど、娯楽の要素を盛り込みながらも検診の重要性を説く作品になっている。
「単に啓蒙(けいもう)、啓発の映画だったら、文化映画として学校で上映すればいい。これはそういう映画ではないし、一人の女性を主人公にした上映する意義のある映画だと思った」と話す吉澤さんは、まずは映画を楽しんでもらい、その後で自分ならどう生きるか、どう行動するかを考えることになればいいと指摘する。
「こうしなさいと言い切っている映画ではなく、ここをスタートにしてもらえたらいい。それに映画館には広げる作用がある。上映中の『チョコレートドーナツ』では感動が感動を呼んで、男女のカップルもいればゲイのカップルも来る、シニアの方々も、と久々にいろんな層の人が見に来てくださった。『いのちのコール』も女子高校生だけが来ればいいというのではなく、そこから広がってくれたらと思います」
平成元年の「ニュー・シネマ・パラダイス」、11年の「ライフ・イズ・ビューティフル」など数々の大ヒット作を連発しているシネスイッチ銀座だが、吉澤さんによると、最近は観客の年齢層がどっと上がっているという。特に銀座という土地柄もあり、ほとんどが高齢者という状況だ。
「シネスイッチのメーンの客層にとって銀座で映画を見ることはハレの日で、おしゃれをして映画を見て買い物して帰ることを楽しみにしている。でも若い人にとっての映画は生活の延長線上で、お風呂に入った後、スエット姿で近所のシネコンに出かけて最終回を見る。世代間で映画を見る意識が違うのかなと思うんです」と吉澤さん。
女子高校生の入場無料は、そんな若者に銀座で映画を見る、ミニシアターで映画を見る、というハレの経験のきっかけになってくれればとの思いもある。
「学校での映画教室で、昔は無理やりこの映画を見なさいというのがあって、えーっと言いながらも、それがよかったりしたものです。自分たちでは選びもしない作品がきっかけになって、映画を見る習慣になっていった。でも最近は親御さんから、学校で作品を決めつけるなとクレームがつくんだそうです。好きなものだけ見続けていたら豊かにならない。映画でも本でもお芝居でも、見せられたものは必ず糧になる。今の子にその機会がすごく少ないというのは残念ですね」
そんな吉澤さんは、日大芸術学部で映画を学んだ。同期には古厩智之監督や脚本家の宮藤官九郎さんがいる。卒業後は名画座の早稲田松竹で番組編成を担当していたが、平成9年にシネスイッチ銀座に入る。ちょうどそのころから、ミニシアターを取り巻く環境が変わってきた。
「単館拡大といって、複数のミニシアターで同じ作品を上映することが増えていった。特に厳しくなってきたのがここ5~6年で、ミニシアターだけでなくシネコンの作品もほとんど入っていないですからね。見せ方も変わってきていて、『ニュー・シネマ・パラダイス』なんて40週も上映していたのに、今は10週ですらない。シネコンで2週間朝だけの上映、なんて作品もありますからね」
決して手をこまねいているわけではなく、吉澤さんは何とか動員に結びつけようとさまざまなサービスを考案。「うまれる」というドキュメンタリー映画では赤ちゃん同伴の上映を企画したし、このゴールデンウイークには「世界の果ての通学路」で親子割引を実施した。
「いのちのコール」の女子高校生無料もそんな一環だが、「一度見るとまた見たいなと思う中毒的な感覚が映画にはあると思う。また来ようという環境をいかに作るかということです」と力を込める。
「学生のころはまさか興行の仕事をするとは思わなかったが、見せるってこんなにおもしろいんだなというのがわかった。目をウサギさんのように真っ赤にして『よかったあ』と出ていくお客さんに目の前で接すると、こちらも本当によかったなと思う。映画の宣伝スタッフで毎日来ていた人がいて、反応を見ることができるだけで幸せだっていうんですが、その気持ちはよくわかります」