
日本ではポール・マッカートニーの再来日公演やローリング・ストーンズ、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ボブ・ディランといった欧米の超大物ロッカーの来日ラッシュで盛り上がっていますが、欧米のエンターテインメント業界はいま、ある女性歌手の唐突過ぎるライヴ開催のニュースの話題でもちきりです。
団塊ジュニア世代以上のロックファンなら名前は聞いたことがあると思います。1970年代に活躍した女性歌手(シンガー・ソングライター)ケイト・ブッシュ(55)が何と、今年の8月から10月にかけて、ロンドンで35年ぶりとなるライヴを行うと発表したのです。
日本人的感覚でいえば「まだ、おったん?」てなもんですが、英国では77年のデビュー以来、未だに新作をきっちり発表する現役バリバリの超大物。彼女が3月21日の朝、自身の公式ホームページでこの件を発表すると、英紙ガーディアンやデーリー・テレグラフ、英BBC放送(いずれも電子版)といった英メディアを中心とした欧米主要メディアが驚きを持って一斉に報道。彼女の公式ホームページが一時、つながりにくくなる騒ぎとなりました。
その反響は凄まじく、ロンドンの劇場、ハマースミス・アポロ(昔のロックファンにはお馴染みの旧ハマースミス・オデオン、約5000人収容)で8月26日から10月1日までの計22公演のチケット(価格は日本円にして約8400円~約2万3000円)は、3月28日の発売日、わずか約15分で売り切れ!。
実際、3月21日付のデーリー・テレグラフによると、英チケット販売サイト「ヴィアゴーゴー」では、このケイト・ブッシュ人気、レディー・ガガやビヨンセ、ケイティ・ペリーら現在の世界のトップスターたちの公演チケットの発売日の1週間前の反響を大きく上回り、「ケイト・ブッシュ」が最も人気を集めた検索語になったといいます。
彼女のことを良く知らないという人のため、簡単に。70年代から現在まで、日本を含む全世界でさまざまな女性歌手が登場し、活躍してきましたが、その中でも最も個性的かつ独創的な作品を提供し続けている人です。
たとえば、レディー・ガガが奇抜で独創的なのはファッションだけで、その音楽は奇抜どころか、非常に古典的な米国のロック音楽やポップスをうまく現代風にアレンジしたカッコ良くて聞きやすいものばかりです。
ところがケイト・ブッシュの場合、キャラも音楽性も根本から完全にブッ飛んでいて、未だひとりのフォロワーも生んでいません。全く誰にも似ていない真のオリジナリティー。学生時代から天才少女といわれ、英女流作家エミリー・ブロンテの名作「嵐が丘」から着想を得た77年のデビュー曲「嵐が丘」は英国で爆発ヒットしたと同時に、数多くの名曲が誕生した70年代でも、最も個性的で優れた楽曲のひとつで知られています。
その後も幽玄かつ幻想的な歌声と詩的な歌詞、そしてダンスやパントマイムを交えた演劇的なパフォーマンスで知名度を高め、これまでにアルバム10作を発表。2011年に発表した最新作「雪のための50の言葉」は英国では50万枚を売るヒットとなりました。
ところがライヴに関しては、デビューアルバム「天使と小悪魔」(78年)と次作「ライオンハート」(78年)の発表を受けた79年4月2日~5月14日、英、独、仏など欧州6カ国で行った計28公演が最初で最後となりました。
有名なダンサー兼振付師のリンゼイ・ケンプ仕込みのパントマイムを披露しながら個性的な楽曲群を熱唱する演劇的かつ革新的なステージに多くの人が度肝を抜かれましたが、もともと飛行機嫌いのうえ、ツアーの初日に照明監督が事故死したショックと極度の疲労のせいで2度と公演ツアーを行わなくなったのです。
しかし2011年、英音楽誌モジョの取材に「(あのライヴは)ものすごく楽しかったけど、物理的には極端に疲れたわ」と当時の心境を明かす一方「現時点では何ともいえないけど、ライヴ活動を行うという希望を完全に諦めたわけではないわ」とも発言しています。
そんな彼女ですが、35年ぶりとなる今回のライヴに関し、公式ホームページで「みなさんがライヴに来られることを祈っています。会えるのを楽しみにしています」とメッセージを寄せています。一体どんなライヴになるのでしょう…。
そして日本の団塊ジュニア以上のロック世代を狂喜乱舞させているのは、70年代、全世界で爆発的なレコード売り上げを記録した米バンド、ボストンが何と今年の10月、79年の初来日以来、35年ぶりとなる来日公演を行うというニュースです。個人的にはポール・マッカートニーの再来日のニュースよりうれしいですね。
ボストンは世界最高の頭脳が集うという米のMIT(マサチューセッツ工科大学)卒で、カメラでおなじみポラロイド社の技術者だったトム・ショルツ(67)が、ボーカル以外のすべての楽器を自分で演奏し、その音源を自宅アパートで編集してコツコツつくりあげた「宅録作品」をあちこちに売り込んだ結果、米大手CBSレコードの担当者が耳にし、腰を抜かしたのが始まりです。
この「宅録作品」を再加工して発売されたのがデビューアルバム『ボストン(幻想飛行)』(76年)ですが、英国のハードロックやプログレッシブ・ロックのサウンドに、ポップで爽やかな米国ロックのハーモニーを融合した完全無欠のサウンドは大変な反響を呼び、全世界で2000万枚を超える怪物級の売り上げを記録します。
続く「ドント・ルック・バック」(78年)も全米1位の大ヒットで約1000万枚以上を売ります。その後「サード・ステージ」(86年)、「ウォーク・オン」(94年)、「コーポレイト・アメリカ」(2002年)と8年に1作のペースでアルバムを発表。07年には看板ボーカルのブラッド・デルプが自殺する悲劇に見舞われましたがバンド活動は継続。米では昨年「ライフ、ラブ&ホープ」を発表し、公演ツアーを行うことになったといいます。
ちなみに日本にも根強いファンが多くいます。トム・ショルツ自らがリマスタリング作業を施し、06年に紙ジャケで復刻した「幻想飛行」のCDは、ソニーの紙ジャケCDの中で、何よりも最も売れた1枚だそうです。
ケイト・ブッシュやボストンが唐突なライヴ活動を開始したのは、前述したポール・マッカートニーやローリング・ストーンズやボブ・ディランといった超大物の精力的な活動に触発された部分もあるとは思いますが、やはりCDが売れず、ライヴでの集客に依存しなければ活路を見いだせないという今の構造不況に陥っている音楽産業の現状があると思います。
とはいえ、少しずつ状況は変わってきています。3月18日付ガーディアン紙などによると、ロンドンに本部があるIFPI(国際レコード産業連盟)がこの日、発表した昨年の世界の音楽産業の売り上げは、前年より3・9%減の150億ドル(約1兆5300億円)でしたが、米国は0・5%増の48億9000万ドル(約4990億円)。欧州は0・6%増の53億8000万ドル(約5490億円)で12年ぶりのプラス成長を記録。中南米では1・4%増の5億2100万ドル(約530億円)と、対前年比でプラス傾向に持ち直し始めています。
理由は北欧生まれの「スポティファイ」のように、楽曲データを受信しながら同時に再生する「ストリーミング」技術を用いた有料(定額制)の音楽配信サービスが急成長したことです。このサービスの売上高は、売上高全体に占める割合はまだ小さいですが、前年比で51%増と急成長を遂げ、初めて10億ドル(約1000億円)を突破しました。
IFPIのCEO(最高経営責任者)、フランシス・ムーア氏も、発表した報告書の序文で「こうしたストリーミングによる定額制の有料音楽配信サービスは、われわれのビジネスの主流モデルとなっていることは明白である」と明言しています。
今後、こうしたサービスで活路を見いだせそうな世界の音楽業界ですが、ではなぜ対前年比で3・9%減を記録したかといいますと、日本での売上高が16・7%減の30億1000万ドル(約3070億円)と大きく落ち込んだからです。ちなみに日本を除く各国の総売り上げは0・1%とほぼ横ばい。日本での落ち込みが大きく足を引っ張っているわけです。
IFPIでは、日本での大きな落ち込みは、CDの売り上げ低迷に加え、「スポティファイ」のようなサービスがないからだと指摘しています。
ケイト・ブッシュやボストンに例えられるかつての超大物がいくら頑張ったとしても、海外の新しいシステムやサービスの参入を阻む“音楽鎖国ニッポン”では、お先真っ暗ではないでしょうか。 (岡田敏一)