
撮影されたものの公開されることなく眠っている“お蔵入り”映画でも究極のお蔵入り作品が26日から全国公開される。俳優、川津祐介(78)主演の「ナンバーテン・ブルース/さらばサイゴン」。40年前のベトナムで命をかけて作った映画がようやく日の目を見る。
撮影はベトナム戦争が大詰めを迎えていた1974年12月から75年4月。戦場となっていた当時の南ベトナムで行われた。サイゴン(現・ホーチミン)に赴任していた日本人商社マンの杉本俊夫(川津)が、現地雇いのベトナム人を殺してしまったことで国外逃走を図ろうとするアクション映画だ。
関係者が明かす当時の撮影は、正真正銘の命がけ。街中で毎夜、銃声が響き渡る。ベトコン(南ベトナム解放民族戦線)と米・南ベトナム軍の激戦地となった都市、フエとダナンは、撮影スタッフが引き払った直後にベトコンの猛攻を受け陥落。ロケ隊が宿泊していたホテルには、引き払った翌日にロケット弾が命中し、ロケ隊と仲良くしていた従業員が多数死亡した。
車で移動するシーンの撮影では、軍事施設の撮影が禁止されていたため隠し撮りを行った。ロケ隊が使用していた500ミリの望遠レンズが銃器と誤認され威嚇射撃を浴びたことも。海辺の町、ロンハイで密航船の撮影をしようとしたところ、ベトナム人スタッフは危険すぎると全員、拒否。やむなく日本人スタッフだけで強行撮影して引き揚げたが、その日の午後に密航船が撃沈されたことを翌日知り、全員真っ青になったという。
映画本編でも、そんな異様な雰囲気は一目瞭然だ。戦車や装甲車が道路を行き交い、銃を携えた兵士の姿がたびたび登場する。
「修羅雪姫」や「犬神家の一族」などで知られる脚本家の長田紀生氏が脚本を書き、しかも初監督作品。映画は最後の仕上げを残して一応完成したものの、土壇場でスポンサーとトラブルになり、当時は配給網(チェーン)優先の興行だったため公開できずじまい。川津は「命を賭けて撮影したのに…」と、ずっと無念の思いにとらわれていたという。
ところが、スポンサー関係者がフィルムを東京国立近代美術館フィルムセンターに預けていたことが2012年に分かり、版権をクリアした上で、フィルムをデジタル編集して完成。翌年、ロッテルダム国際映画祭で正式招待作品として上映されたのを皮切りに世界各地の映画祭に招待され「奇跡の映画」と絶賛された。
このほど都内で行われた試写会で長田監督は、「撮影では危険なこともいろいろありましたが、だんだんと慣れてくるものでして。いつしか私たちにとっても危険が日常になっていました」と苦笑いを交えて振り返った。
映画評論家の望月苑巳氏は、「正真正銘、戦場で作られた映画。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と言われた70年代へのレクイエムともいえる」と評価。長田監督は、「この子は教科書通りの優等生ではありませんが、生命力旺盛な子どもでした。今の映画人につながっていく“何か”になれたらうれしい」と公開を喜んでいる。
東京・テアトル新宿で26日から、大阪・シアターセブンは5月3日から公開。