
「三中堂が韓国文化の種をまき、日韓文化の懸け橋の役割を果たすという自負を持って、東京で店を構えてきたが、心残りだ」
日本を代表する書籍街として知られる東京都千代田区神田神保町で、41年の歴史を有する韓国専門書店「三中堂」の店主、佐古忠八さん(65)が、経営難に耐えきれず、来月に店を閉めることになった。三中堂は1973年、韓国の同名の出版社が、日本に韓国文化を広めるため設立した。当時、韓国の書籍を扱う唯一の書店として、韓国学を学ぶ学生や専門家たちが集う場となった。75年、初の日本人社員として三中堂に入社した佐古さんは、本社が経営難に陥ったのを受け、89年に書店を買収した。
佐古さんは「三中堂には当時としては大金だった5000万円を投資し、韓国人社員を3人受け入れるなど、韓国文化を広める上で先頭に立った。1980年代、チョー・ヨンピルの歌が日本でヒットしたことで、韓国語を学ぶ若者が急増し、韓国語の教材や小説も多く売れた」と振り返った。三中堂で最も売れた本は、尹東柱(ユン・ドンジュ)の詩集だった。佐古さんは「ハングルの醍醐味を味わえるだけでなく、(尹東柱が)日本で獄死したということもあり、人気が高かった」と語った。
2000年代に入り、韓流ブームが巻き起こったことで、韓国の書籍の需要は急増したが、日本の業者も先を争うように韓国の書籍を扱うようになったため、三中堂の経営は悪化した。佐古さんが廃業を決意したのを受け、常連たちが支援の手を差し伸べた。韓国学を専攻した元大学教授(73)が、千葉県佐倉市の店舗を無料で貸す意向を示し、三中堂の命脈が尽きる危機だけは回避できた。佐古さんは今、インターネットについての勉強に励んでいる。
今年5月に移転する佐倉市は交通が不便なため、佐古さんはインターネットでの販売を通じ、三中堂の名声を取り戻そうと考えている。店には現在、韓国関連の書籍が5万冊ある。1971年に国史編さん委員会が出版した『梅泉野録』(朝鮮王朝末期の記録)など、韓国でも入手するのが容易でない本もある。最近の韓日関係の悪化について佐古さんは「韓国をけなす出版物があふれるなど、最悪の時期を迎えている。こんなときだからこそ、民間レベルでの文化交流が重要であり、三中堂の役割も大きくなる」と語った。