
綜合警備保障(ALSOK)のスポーツ支援活動は、柔道、レスリング、陸上など9部で、部員数は234人にのぼるが、このうち練習・競技に専念する「強化選手」は21人。多くが全日本の大会を制する日本代表クラスだ。強化選手への指導理念は「強くなるためなら自由にやっていい。ただし、世界大会でメダルをとる結果を出せ」と、極めて明確だ。
五輪を含む世界大会14連覇で国民栄誉賞を受賞した女子レスリングの吉田沙保里選手は、テレビCM出演もあってALSOKの知名度を大きくアップさせた象徴的存在だが、いまやALSOKは「五輪メダリストを輩出して日本全体のスポーツ力を向上させ、日本を元気にする企業」という社会的な評価も獲得しつつある。
ALSOKは警備保障会社ということもあり、もともと柔道や剣道に力を入れてきた。いまも柔道、剣道、護身術は“社技”として社内での全国大会も盛んだ。その社員たちの士気を高めるために全日本クラスの強豪選手がほしいということで、アジア大会優勝など当時の実力者だった金野潤選手(現日本大学柔道部監督)を1990年にスカウトした。トップクラスの選手の入社第1号だった。
この流れが2000年シドニー五輪の金メダリスト・井上康生選手(現日本代表監督)の獲得につながった。ちょうど、この年、社長に就任したのが現在の村井温会長兼最高経営責任者(CEO)だ。井上獲得について「母校の東海大学とのおつきあいもあって、うまく話がまとまった。本人にとっても実業団でやることに魅力を感じたのではないか」と振り返る。
しかし、このころ日本国内はバブル崩壊後のデフレ不況で、企業スポーツは危機に瀕(ひん)していた。00年と01年の2年間に限っても、ユニチカや日立製作所のバレーボール、大崎電気工業のハンドボール(女子部)など名門チームが相次いで休部や廃部を余儀なくされている。ALSOKの場合は、こうした団体競技のチームをかかえて施設や維持費に多額のコストを要する企業とは違い、柔道やレスリングといった個人競技に絞って強化していたのが不況期に幸いした。
ALSOKは原則として自前の体育館や道場を持たない。選手たちは出身大学や自衛隊、警視庁などへ出稽古にいく。これは、受け入れる大学などにとっても全日本クラスの選手が来てくれることで全体のレベルアップにもつながる。お互いにメリットがあるのだ。このように個人競技の場合は、比較的費用がかからないとはいえ、厳しい経営環境のなかでスポーツ活動に投資するには企業メリットへの還元がなくてはならない。村井会長は金メダリストの井上選手を獲得して、なんとか企業の知名度アップにつなげたいと考えた。それが、テレビCMだった。
五輪メダリストが企業イメージの向上に必ずしも結びつかないということは過去の例からも明らかで、井上選手のCM起用にも反対論があったが、村井会長は押し切った。結果は、井上選手のキャラクターもあって大成功。ALSOKとして、まだ一般には知られていなかった知名度が大きく上がった。
吉田選手の場合は、五輪3連覇と、それに続く国民栄誉賞受賞により企業ブランドの向上に大きく貢献。03年から使用するコーポレートブランド「ALSOK」の名を広く知らしめた。企業の「強くて安全・安心」のイメージがぴたりと重なった。村井会長は「経営としては社業の発展が第1で、スポーツ支援も企業メリットに資するものがないといけない。そのうえで、日本のスポーツ振興にも、お役に立っているという評価をいただけるのなら、それも会社にとってはプラスになることだ」と語る。
ALSOKは08年の北京五輪で日本代表8人、12年のロンドン大会は7人。獲得したメダルは金4個、銀4個にのぼる。いまや日本の柔道界とレスリング界にとって、ALSOKは欠かせない存在になっている。多くの国民の期待を担っているといってもいい。日本代表などの監督、コーチといった指導者も数多く送り出している。
ALSOKには今年4月に、ウエイトリフティング部が加わった。全日本選手権優勝経験を持つ2人が強化選手だ。20年の東京五輪に向けて、村井会長は「柔道、レスリングにウエイトリフティングを加えて、少なくとも10人の日本代表を送り出したい」と、さらなる飛躍を期している。