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金より飯…下積みよりビンボーだったアリキリ石井の幼少期 - NewStter

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2026.06.30|コメント(-)トラックバック(-)

金より飯…下積みよりビンボーだったアリキリ石井の幼少期


 お笑いコンビ「アリtoキリギリス」のメンバーで俳優としてお馴染みの石井正則(41)。幼少の頃の貧乏生活が仕事の糧になっていた。


 ほとんどの芸人は下積み時代が貧しいんでしょうけど、僕が一番貧乏だったのは幼少の頃です。母子家庭で僕は3人兄弟の長男。4人で2Kの団地に暮らしてました。僕は同じクラスの子の誕生会に呼ばれることがなかった。お誕生会を開けるような一軒家の子には友達がいなかったから。

 でも4年生の時、ちょっとだけ仲のいい友達のお誕生会に呼ばれたんです。プレゼントを買わなきゃいけないのに僕は200円しか持ってない。お母さんにねだって100円もらい、文房具屋さんで300円のシャーペンを買って誕生会に行った。だけど僕以外はお金持ちの子ばかりだから、プレゼントは野球盤とかけっこうな品なんですよ! しかもテーブルに並べられた食べ物やケーキも豪華。

■300円のプレゼントに400円のお返し

 僕は心の中で「うわー…」と思いながらシャーペンをプレゼントした。お母さんがジュースを持っていらして、「みんな来てくれてありがとう」と同じ袋に入れられた“お返し”を配ったんですが、それが当時はやり出した、教科書に赤いペンでラインを引き、透けて見える緑の下敷きを本の上に置くとライン部分だけが見えなくなるという、暗記に役立つ学習グッズ! 僕は文房具屋で見てそれが400円だと知ってた。

 だから居たたまれなくてごちそうやケーキが食べられなくなり、途中で帰りました。でも早くに家に着くと母親が「何かあったのか」と心配するのは見えていたし、100円ねだった手前帰れず、公園でひとりブランコに乗ってた。それがお金がなくて一番つらかった出来事かなあ。

 だから芸人としての下積み時代はつらく感じなかった。団地が横浜なので一人暮らしせずに済んだのが大きいけど、ゲームセンターのバイトで稼いだお金を家に入れ、堅実に節約してました。貧乏暮らしが糧になってる。

■「メシが食えるか、食えないか」

 相方が千葉なので、比較的都心に近い僕の団地に泊まり込みでネタを作る。相方が驚いたのがうちの夕飯。ご飯と味噌汁は各自あるけど、オカズは大皿に盛られた一品だけです。「なんだこれは!」と。皿や小鉢に分けられてないからビックリしたみたい。だけど食べたら「うまい!」と感動してた。母親は給食を作る仕事をしてたので料理上手です。「メシが食えていればいい」って母親の教えもあったからか、僕は芸人として「お金が稼げるか、稼げないか」じゃなく、「メシが食えるか、食えないか」という考え方をします。お金よりまず“メシ”。考え方が昭和っぽいんですかね。

 だからテレビに出させていただくようになった時、楽屋にお弁当があるのがうれしくてうれしくて。「弁当があるってスゴイよな!」って思ってた。ギャラよりありがたい気がした。その気持ちはずっと変わらず、今でも楽屋入りして「弁当がある!」とうれしくなってます。余分に置いてあれば、1年前まではもったいないので持ち帰ってました。貧しいのに好きなことをやらせてくれて、うまいご飯を食べさせてくれた母親に感謝ですね。いまだに母親は「ちゃんとご飯食べられてるか?」と電話してきます。(聞き手=松野大介)

▽いしい・まさのり 1973年3月、横浜市生まれ。94年に石塚義之とお笑いコンビ・アリtoキリギリスを結成。96年から「タモリのsuperボキャブラ天国」(フジテレビ系)に出演。99年からは「古畑任三郎」(同)シリーズに西園寺刑事の役で出演。その後、俳優としても活躍。

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2014.04.21|コメント(-)トラックバック(-)
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