
長く文楽界を牽(けん)引(いん)してきた最長老にして最高峰が、ついに舞台を退いた。26日を最後に現役を引退した文楽太夫の人間国宝、竹本住大夫さん。「顔」を失う文楽は、住大夫さんが残した財産をどう継承し、未来へつないでいくのか。正念場を迎えている。
住大夫さんは昭和21年に豊竹古(こ)住(すみ)大夫を名乗って初舞台を踏み、60年に七世住大夫を襲名。平成元年には人間国宝に認定され、名実ともに太夫のトップとして文楽を支えてきた。
4月に行われた地元・大阪の国立文楽劇場での最後の公演は、昭和59年の開場以来、2部制公演としては最高となる約2万9900人を動員。東京公演も連日満員となった。
「文楽は初めて、というお客さまが多かった。住大夫師匠の引退が話題になったことで、一度文楽を見てみようという人が来てくださったのでは」と話すのは、国立文楽劇場の桜井弘支配人(59)。「この観客層をぜひ次につなげなければならない」と気を引き締める。同劇場の7、8月の公演では、映画やドラマ化されるなど現代性の強い「女(おんな)殺(ころし)油(あぶらの)地(じ)獄(ごく)」を上演。「現代のお客さまはドラマ性重視。今後はそういう方向も視野に入れて演目を決定したい」と、“住大夫効果”で獲得した新規ファンのつなぎ止めに力を入れる。
住大夫さんの真骨頂は、文楽でもっとも大切な情を描くことだった。20年近く住大夫さんの三味線を弾いてきた野澤錦糸さん(56)は「師匠の浄瑠璃を横で聞いていて、何度も涙がこぼれそうになった」という。
そのしみじみと味わい深い浄瑠璃は、壮絶な稽古のたまものだった。人間国宝になってからも、引退した兄弟子の竹本越(こし)路(じ)大(だ)夫(ゆう)さんのもとに稽古に通い続けた。だからこそ弟子や後輩への稽古は厳しいが、昭和57年に住大夫さんに入門した竹本文(も)字(じ)久(ひさ)大夫(だゆう)さん(58)は「浄瑠璃の基本である音(おん)や息で情を伝えるという師匠の教えを、生涯学び続けていきたい」。引退後も稽古は続くそうで、「早速、28日から師匠のお宅で稽古です」という。
人間国宝に定年はない。だが、住大夫さんは「自分の芸に納得できなくなった」ことを理由に引退を決意したという。芸の厳しさを示したその引き際こそが、住大夫さんが文楽に残した最後で最大の置き土産かもしれない。(亀岡典子)