
金融機関の振込手数料は、昔の護送船団方式の時代とは異なり、今では金融機関ごとにかなり内容が異なる。4月からの消費税率アップに伴う振込手数料の改訂をWebサイトに掲載しているところは、徐々に増えているが、まだ掲載していない金融機関も多い。
●新人行員教育において
全ての金融機関を調べてはいないが、コンサルティング先の金融機関を行脚していると、新人から多く寄せられる質問の1つに「どうして振込手数料は3万円を基準に切り分けられているのか?」というのがある。
その問いに金融機関の新人教育担当がどう答えているかというと、「印紙税法により、3万円を超える「金銭または有価証券の受取書に関しては200円の収入印紙代が必要。その分を補てんするために、弊行では軽減措置を除いて200円(消費税10円を含めると210円)をプラスしている」と説明するという。新人たちはそれで納得するそうだ。
ATMで振り込みをすると、取引金額の大小にかかわらず「ご利用明細」が印刷されてくる。すぐに捨ててしまう人も多いが、「振込の証拠」としてきちんと管理する人もいる(法人格なら、ほぼ100%が証拠として残しておく)。金融機関によって表現は異なるが、その用紙を隅々までみると次のような説明が記載されている。
「振込をご利用のお客様へ。このご利用明細は、振込契約の成立を証明する書類となりますので、ご依頼人が大切に保存してください」
つまりこの小さな紙切れは、法的な効力を持つ「正式な受取書」なのである。振込金額が3万円を超えるなら、この振込1件につき税金が200円かかるわけだ。しかし、コンピュータ処理なので印紙はない――と考えるのは素人さんである。その記載した文章の周辺に、「印紙税申告納付につき〇〇税務署承認済」とも書かれている。コンピュータ処理をしているから自動的に1件ごとの振込を判断し、3万円を超える場合は200円を徴収して、まとめて国税庁に納めているわけだ。
実際には取引金額や定期金額によって減免されたり、「1カ月に〇回の振込は無料」といった様々な内容の措置が取られているが、基本はこういうことである。だから、全国の金融機関の振込手数料の9割以上は、3万円を基準に手数料が変わる。それでは、この「プラス200円」は印紙税なのだろうか。
●カラクリ
まだ消費税が存在していない頃(1989年4月以前)は、確かにその通りだと考えて差し支えなかった。しかし、1989年4月の消費税3%導入時にその意味合いは変化している。実はそのことに気が付いていない銀行は多いようだ。その頃に新人教育を受けた行員たちにお聞きすると、「増分は印紙代と習った」という返答しかなかった。たぶん、消費税導入前の教育がそのままに継続されていたのだろう。
だが、一部の賢い方々はこの話に矛盾があると気付かれるのではないか。実は消費税が3%だろうが、5%だろうが、8%になっても、2015年に10%になっても、国税庁の管轄となる印紙税に消費税が加算されるということは有り得ない。
銀行員たちが受けた「新人教育」の理屈とするなら、あくまで増分は純粋な手数料にあたる。前項の例なら、他行あての3万円振込の場合、「本体400円+印紙代200円+本体の消費税5%の20円」となるので、630円ではなく620円になる。理屈のうえでは10円を余計に取っていることになる。
ここからは元銀行員の立場として述べてみたい。釈明になるかもしれないが、金融機関にとって振込事務はこの金額でも赤字になっていた。筆者にも経験はあるが、銀行のATMに並んでいると、行員(ほとんどは銀行OBだが)が「お振り込みですか? それならお隣のコンビニで直ぐに処理してくれますよ」と案内する。並んでいる方からすると「そんなこと分かっていますよ。他行の状況を観察しにわざわざ振込用紙を持って並んでいるのに」と心で思いながら、「コンビニはよく分からないので……」というしかなかった。
金融機関側からすると表立って手数料をアップすることは、なかなか発表しづらい。たぶん頭のいい方がその時点で、「プラス200円」を印紙代ではなく、全てを包含して本体としての「手数料」に、いつの間にか変化させてしまったのだろう。その理屈で、今では正々堂々と本体の全体額600円に消費税30円が加算されることになった。印紙代は全く表面には出てこない“黒子”になったのである。その「残骸」が、結果として「3万円基準」となったのだと筆者は考えている。
4月から消費税が8%になる。だから、金融機関の対応は現在の5%分を8%にすればいい。印紙代は黒子にはなったが、金融機関にとって振込事務は相当の負担であることには変わりがない。「3万円基準はそのままにしよう」ということである。ここまでことならわざわざ本稿で記述するほどもないが、実はさらなる“変化球”が仕組まれている。
●アベノミクスで変化球
安倍政権は、消費増税とセットで小さな(というとお叱りを受けそうだが)減税を打ち出した。その1つが、この印紙税の非課税範囲の拡大である。具体的には、今までの「3万円基準」が「5万円基準」になった。今まで例えば、3万5000円の振込について金融機関が負担していた印紙代200円が無くなる。
3~5万円の範囲の振込は、個人レベルではかなり多い。実際に筆者の振込の明細を見てみると、数枚あった。ある出版社への振込が3万5000円で、振込手数料420円と記載されている。たぶん雑誌か何かの購入代だったと思う。
さて、金融機関が4月以降の手数料変更についてWebサイトに記載しているかを見てみると、前述の通りまだ表明していない金融機関は多い。調べた範囲では9割の金融機関が、「3万円基準」のまま消費税5%が8%になるとしていた。だが任意で決められる手数料なので、幾つかの金融機関では「5万円基準」となっていた。
誤解のないようにお伝えすると、筆者は「3万円基準」を非難するわけでない。それは、右にならえの感覚では無く、一人前の企業として検討した結果での3万円基準なら全く構わないと思う。
ただし多くの一般の方は、一部の金融機関がなぜ「5万円基準」にしたのかという経緯を知らない。3万円基準のままの金融機関では「消費税が8%になるから手数料を引き上げる」としているのに対し、5万円基準の金融機関ではその他にも「印紙税法の改正」を理由に挙げて、5万円基準にしている。
一見筋が通っているように映るが、仮にこの説明を盲目的に信じるとすると、3万円基準のままの金融機関は、いかにも「印紙税法を無視して手数料だけアップした」と思われかねないだろう。消費者にとって良いことをしているだけに、5万円基準に変更した金融機関はもう少し表現を工夫した方がいいと老婆心ながら思う。
一般の利用者からみると、振込の選択肢はますます広がるだろうと感じている。そして金融機関が独自で決めた手数料について、自分のライフスタイルにあった金融機関を選択するのが、今後賢い利用者になってくる。
まとめると、「消費税率がアップしたので振込手数料もその分アップします」という説明は、半分は正しい。しかし、印紙税という黒子の部分を考慮するなら、この税制改正の結果として、振込手数料が逆に低くなるケースもあることは知っておいて損のない事実である。5万円基準になる金融機関においてATMから4万円を他行あてに振り込むと、3月までは630円だが、4月以降では432円となる。1件の振込で198円もお安くなるのだ。
【萩原栄幸】
日本セキュリティ・マネジメント学会常任理事、「先端技術・情報犯罪とセキュリティ研究会」主査。社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会技術顧問、CFE 公認不正検査士。旧通産省の情報処理技術者試験の最難関である「特種」に最年少(当時)で合格。2008年6月まで三菱東京UFJ銀行に勤務、実験室「テクノ巣」の責任者を務める。組織内部犯罪やネット犯罪、コンプライアンス、情報セキュリティ、クラウド、スマホ、BYODなどをテーマに講演、執筆、コンサルティングと幅広く活躍中。