
桜井市の纒向(まきむく)遺跡で、宝器(ほうき)とみられる古墳時代前期(3世紀後半)の巴形(ともえがた)石製品が出土していたことがわかり、市纒向学研究センターが5月に刊行した研究紀要で発表した。巴形石製品は今回の遺物を含めて計6例しか出土例がなく、その中でも最古の資料という。
緑色凝灰岩製で、上から見ると正方形状。一辺4・3センチ、厚さ0・9センチ、重さ27・3グラム。角(かど)部分には小さな4つの突起がついている。
纒向遺跡以外では、大阪府柏原市のヌク谷東ノ大塚古墳や埼玉県桶川市の熊野神社古墳など、全国の4古墳で計5例の出土例があるのみ。宝器として副葬されたとみられている。
纒向遺跡は、初期ヤマト政権の首都と考えられている遺跡。巴形石製品は、平成24年度の調査で、その中心部の大王(だいおう)の居館とも推定される建物跡付近の穴の中から出土した。
弥生時代には青銅製の巴形銅器(どうき)があったことが知られる。今回の巴形石製品との関係は不明だが、市纒向学研究センターは「巴形石製品としては最古の例。初期ヤマト政権がつくった宝器と考えられ、配下の首長らに贈るために製作された可能性も考えられる」としている。