さて、今週は、本コラムでは初となる「自動車」絡みのお話です。自動車も立派な“エンターテインメント”ですからね。とはいえ、粋なトレンド紹介やのんきな内容ではありません。
いま、欧米では、とある自動車絡みの新手のサービスが社会問題化するほどの騒ぎとなっているのです。
そのサービスとは、2010年に米で登場した「Uber(ウーバー)」です。いつでもどこでも、スマートフォン(高機能携帯電話)のアプリを使ってハイヤーを呼び出せ、指定した場所から乗り込めるという消費者にとっては非常に便利なサービスなのですが、このサービスをめぐり、欧米各国ではタクシーの運転手たちが「ウーバーは違法」「俺たちの仕事がなくなる」と猛反発。
欧州では先ごろ、タクシー運転手たちによる同時多発的な大規模な抗議ストが発生。一時、交通麻痺(まひ)が起きた都市まで出たのです…。
まずはウーバーについて簡単に。このサービスを展開するベンチャー企業「ウーバー」は2009年、米サンフランシスコで創業し、翌10年6月から地元でサービスを始めます。
リンカーン・タウンカーやBMWの7シリーズ、ベンツのW221といった大型高級車でのゴージャスなサービスを展開し、タクシーと差別化を図ったユニークなビジネス戦略がいち早く注目を浴び、11年に入るとシアトル(ワシントン州)やニューヨーク市、シカゴなどにサービス範囲を拡大。
この年の暮れにはゴールドマン・サックスといった投資銀行やネット通販、米アマゾンのジェフ・ベゾスCEO(最高経営責任者)兼会長らから計3200万ドル(約32億円)の出資を集め、欧州への本格進出を宣言。その足がかりとしてパリでサービスを開始します。
12年に入ると、4月にはシカゴでは低価格タクシーのサービスも開始。7月にはロンドンでもサービスをスタートさせ“90人の運転手がベンツやジャガーでやってくる”と大いに話題となりました。現在、サービスは世界37カ国128都市にまで広がっています。
サービスの内容をもう少し詳しくご紹介しますと、スマホのGPS(位置情報機能)を使ってハイヤーを呼び出し、有料で乗車できるというものですが、アプリが表示する地図にハイヤーを呼び出す位置を入力すると、アイコンがリアルタイムで動き出し、車の現在位置や到着までの所要時間、目的地までの概算料金といった情報も表示してくれます。地図には運転手の顔写真や名前が表示され、こちらから運転手に直接、電話連絡することも可能です。
そんなこんなで車に乗り込み、目的地に無事到着というわけですが、支払いは事前に登録したクレジットカードから引き落とされるので、これまた便利です。アプリには利用料金が記された領収書も届きます。
料金はタクシーよりやや高めながら、タクシーと違って、料金は運転手が決めるので、日時や繁忙期で変わるなど柔軟に対応しています。運転手はウーバー側に“顧客仲介料”として乗車料金の何%かを支払います。これがウーバー側の収益源です。
ちなみに日本でも昨年11月から東京で試験運行が始まり、今年3月から六本木などで本格サービスが始まっていますが、日本と違って欧米では、ウーバーが配車するのがタクシー免許を持たない人が運転するハイヤーとあって、大問題となっているわけです。
6月11日付英紙ガーディアン(電子版)など、欧米主要メディアが一斉に伝えましたが、タクシー運転手たちによる大規模な一斉抗議デモはこの日、ロンドン、パリ、マドリード、バルセロナ、ベルリン、ミラノ、ローマで展開されました。
同じ11日付の英紙インディペンデント(電子版)などによると、とりわけ欧州最大規模となったロンドンでは、伝統的な黒塗りのタクシー「ブラックキャブ」約1万2000台がトラファルガー広場やバッキンガム宮殿、国会議事堂の周辺の道路に大集結。午後2時から、クラクションを鳴らし、ウーバー社のやり方や地元の交通当局の無策ぶりを非難するサインを掲げながら、一斉にノロノロ運転を開始。このデモのせいでロンドンの道路交通網が麻痺する騒ぎになりました。
ロンドンでのデモに参加したタクシー運転手のエディ・トリシダさんは11日付米公共ラジオ(NPR)に「(英国で)タクシー運転手になりたいなら、ロンドンのすべての通りの道順を覚えるなどして厳しい試験に合格せねばならない。私は2年かかったが、3、4年かかる人もいるんだ。それだけ貴重な時間を費やして、やっとタクシー運転手になれる」と激怒。
ベルリンの抗議デモに参加した64歳のタクシー運転手、バーバラ・ノバックさんも同じNPRに「このアプリは、適切で道理にかなった質の高い輸送手段を提供していない」と強く非難しました。
タクシー運転手組合はインディペンデント紙に、ウーバーは(英国での営業活動に関する)違法性の有無を調べもせず、タクシー免許を持たない人が運転する車に人々を誘導していると強く非難しました。
今回の一斉デモで、ウーバー反対派は、ウーバーも普通のタクシーと同様、政府の厳しい規制下に置かれるべきだと主張しています。
そんなウーバーですが、その余りの破壊力の大きさに、既に各国では抗議デモ以前に訴訟沙汰が噴出しています。
ベルギーでは今年4月、ブリュッセルの裁判所が「タクシーより料金が安く不当」とのタクシー会社の訴えを認め、ウーバーに営業禁止命令を下しました。
スペインのカタルーニャ州政府も6月10日、バルセロナで約2カ月前から始まったウーバーのサービスの即時停止を勧告。ウーバーの運転手には最大6000ユーロ(約79万円)の罰金や車を押収するといった罰則を科すことを決めました。
スペインでタクシー免許を取得するには、退職した免許保有者などから免許を買うのが一般的といい、6月11日付英紙ガーディアン(電子版)によると、マドリードで今回、24時間の抗議ストライキを敢行したスペインのタクシー運転手協会の面々は、スペインでタクシー免許を取得するには、8万ユーロ~20万ユーロ(約1100万円~約2760万円)を支払って購入せねばならないのに、ウーバーはそうした高コストをかけずタクシー営業を展開していると非難しています。こうした訴訟はロンドンやベルリンでも起きています。
また米国でもラスベガスとマイアミではサービスが禁止され、ワシントンDC、シカゴに加え、発祥地であるサンフランシスコでも訴訟に直面しているほか、シアトル市議会は今年3月、ウーバーや、車を所有する個人がスマホのアプリを使って同乗者を募ることができる新手の相乗りサービス「Lyft(リフト)」の運転者数を制限する条例を可決。バージニア州のDMV(自動車管理局)は6月5日、ウーバーやリフトのサービスは州法などに違反するとして、この2社に対し、不当競争に対する業務の停止命令を出しました。
とはいえ、当のウーバー側は全く意に介していないようです。ウーバーの英国・アイルランド担当のゼネラルマネジャー、ジョー・バートラム氏は11日付ガーディアン紙に、このサービスのアプリのダウンロード数が1週間前の850%増に激増したと説明し、「結果は明白だ。ロンドンの人々は大々的にウーバーを求めている」と自信満々に答えています。
ウーバーでは今回の大規模抗議ストの期間中、割引料金で営業。おまけに抗議ストの騒ぎでウーバー自体の知名度が大きく上がり、アプリのダウンロード数が激増…。結局、抗議ストで一番得をしたのはウーバーだったという皮肉な結果となったようです。
米ハーバード・ビジネス・スクールのベン・エデルマン准教授はウーバーのビジネス手法について、前述のNPRに「新たな技術革新は常に既存事業者からビジネスの機会を奪い取ることで起きる」と説明し、その手法を肯定的に評価しています。
どんな業界でも、消費者にとって最も安価で便利なサービスが最後に市場を制するのは世の常。ウーバーの動きに目が離せません…。(岡田敏一)
【プロフィル】岡田敏一(おかだ・としかず) 1988年入社。社会部、経済部、京都総局、ロサンゼルス支局長、東京文化部などを経て現在、編集企画室SANKEI EXPRESS(サンケイエクスプレス)担当。ロック音楽とハリウッド映画の専門家。京都市在住。
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